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大阪地方裁判所 昭和48年(わ)3046号 判決 1976年4月17日

主文

被告人を懲役六年に処する。

未決勾留日数中九五〇日を右刑に算入する。

訴訟費用中、証人井上ノブエ、同辻野善久、同松本文之に各支給した分は、被告人の負担とする。

本件公訴事実中爆発物製造、同所持の点については、被告人は、無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪市立大学理学部化学科に在籍する学生であるが、

第一、昭和四七年五月五日大阪市住吉区杉本町四五九番地所在の大阪市立大学教養部化学実験室において、同大学教養部長浅野三管理にかかる別表記載の薬品類(時価合計三一三八円相当)を窃取し、

第二、治安を妨げ、および人の財産を害する目的をもつて、同四七年一二月二六日早朝同市住吉区山之内町三丁目一〇六番地所在の大阪府住吉警察署杉本町派出外において、鉄パイプに塩素酸塩系、過塩素酸塩系、硝酸塩素、硝酸エステル系中のいずれかの系統の爆薬およびパチンコ玉を詰め、電池を用いた時限爆弾装置によつて作動する起爆装置を組み込んでブリキ缶に収納して製造された爆発物一個を同派出所公かい仕掛け、同日午前八時三八分ころこれを爆発させて使用し、これにより同警察署長警視稲葉盈実が管理し、現に人の住居に使用せず、かつ人の現在しない建物である同派出所の天井、柱、壁等を破壊(その修理見積金額約三六万一五〇〇円)したほか、同派出所前の日本電信電話公社所有にかかる公衆電話ボツクスの北側のガラス製隔板一枚を損壊(その修復見積金額約一万一五〇〇円)するとともに、右電話ボツクス内に居合わせた武田節子(当四八年)に対し治療二日間を要する右膝部側外切創の傷害を負わせ、また同派出所前の靴販売業井上ノブエ方の同人所有にかかる金属製シヤツターおよび陳列台のガラス板各一板を損壊(その修理見積金額約一万六〇〇〇円)して、公共の危険を生じさせ、

第三、同四七年初めころから同大学家政学部に在籍の女子学生と親しく交際していたが、その後同女が山岡正和(昭和二五年生れ)と知り合い、被告人との交際に冷淡な態度を示すようになつたため、右山岡に対し不快の念を抱いていたところ、同年四八年七月一五日午前一〇時三〇分ころ同市住吉区山之内町一丁目三一番地所在のアパート婦美屋荘東側空地において、右三者の関係の処理についての話し合いに来ていた同人に対し、その顔面を足で蹴つたり、手拳で殴打したりした後、その場に倒れた同人の腕や足を所携の鉄製パイプで数回殴打する暴行を加え、よつて同人に対し加療約一ケ月を要する顔面打撲挫創、左尺骨々折、両前腕打撲擦過創、両下腿挫創の各傷害を負わせ

たものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)<略>

(弁護人の主張に対する判断)<略>

(量刑の事由)<略>

(一部無罪の理由)

本件公訴事実のうち、爆発物製造、同所持の点は、「被告人は治安を妨げ人の身体財産を害する目的をもつて、昭和四七年一一月下旬ころ、大阪市住吉区山之内町一丁目三一番地アパート婦美屋荘一二号室において、鉄パイプに白色火薬またはカートリツト及びパチンコ玉をつめ、起爆装置として硫酸入りガラスアンプル、雷管等を装填した爆発物である手投げ式鉄パイプ爆弾二個を製造し、同四八年七月三〇日までの間、前回同所同区杉本町四五九番地所在の大阪市立大学教養部構内の器械体操部室及び同市天王寺区南河堀町四三番地所在の大阪教育大学天王寺分校内の同大学本部学舎屋上等に右爆弾二個を隠匿して所持したものである。」というのであるところ、この点についての証拠としては、被告人の公判廷における自白(第二回公判調書中の被告人の供述部分および被告人の当公判廷における供述)と被告人が捜査段階において、捜査官に対してなした右犯行の自白に基づく直接の結果として、捜査官に発見、押収された隠匿中の右訴因にいう手投げ式鉄パイプ爆弾二個およびその製造に使用された材料残部の各証拠物ならびに右証拠物について、その所在場所と所在状況を明らかにする捜査官作成の検証調査書およびその性質、数量を明らかにする大阪府技術吏員作成の鑑定書が存在するところ、右被告人の捜査段階でなされた捜査官に対する右犯行についての自白は、すべて任意性を欠く疑いがあるものとして、その証拠能力を認めることができないものである(別紙本件において当裁判所がなした昭和五一年一月一二日付証拠決定参照)から、かかる被告人の自白に直接由来する右の各証拠物およびこれについての前記各証拠書類は、いずれも任意性を欠く疑いのある自白の証拠能力が否定される趣意に照らし、証拠として使用することが許されず、その意味において証拠能力がないものと解するのが相当である。もつとも、右の各証拠は、前記証拠決定前に、弁護人および被告人がこれを証拠とすることに同意し、ないしその取調に異議のないものとして、いずれも本件において適法に証拠調を経たものではあるが、被告人の自白に任意性を必要とする憲法上の保障は、当事者の意向如何にかかわらず実現されなければならないものであるから、右証拠調の経過の中に前記の結論を左右する根拠はないものと考える。(なお、被告人は、本件公判終結前に当該証拠の排除を申立てている。)そうすると、他に適法にして十分な補強証拠のない右事実については、前記被告人の自白しかないこととなるから、これによつて被告人を有罪とする右事実を認定することができず、結局、右事実については、犯罪の証明がないものとして、刑訴法三三六条により無罪の言渡をしなければならないものである。

よつて、主文のとおり判決する。

(大政正一 井上清 池田勝之)

【昭和五一年一月一二日】 決定

【主文】検察官の昭和四九年五月二三日付証拠請求目録(一)および(二)記載の各証拠のうち、右目録(一)記載の各証拠(請求番号11ないし13)を採用し、右目録(二)記載の各証拠(同番号58ないし91)の取調請求をいずれも却下する。

【理由】一、被告人は、昭和四八年七月一八日山岡正和に対する傷害の事実で逮捕され、引き続いて勾留の処分を受けて、同月二五日まで住吉警察署の捜査官から右傷害の事実につき取調を受け、右犯行の外形的事実については供述したが、動機、原因については、黙秘していた(この段階で前記目録(一)請求番号11の供述調書が作成された。)。同月二六日被告人に対し接見禁止処分がなされるとともに、捜査官大阪府警警備第一課に所属の司法警察員三名(斎藤昭七ら三名)と交替し、新捜査官が同日午前九時ころから午後四時ころまでの間右傷害の事実につき被告人を取調べたのに対し、被告人は、それまでの黙秘の態度を改め、同日午後右傷害の事実について全面的に自白をした、(この段階で同番号12の供述調書が作成された。)。右捜査官は、同日午後六時ころから同九時ころまでの間、初めて被告人を容疑者として同四七年一二月二六日発生の住吉警察署杉本町派出所爆破事件について取調を行つたが、被告人は黙秘した。同四八年七月二七日検察官は、被告人に対する右傷害の事実についての取調を行い(この段階で同番号13の供述調書が作成された。)、その後、前記捜査官が同日午後四時過ぎころから右派出所爆破事件について被告人を取調べたところ、被告人は、同日午後八時五〇分ころになつて右事件の犯人が自分であることを認め、翌二八日以降同捜査官および検察官の取調べに対し、右事件およびこれに関連する事件についての全面的詳細な自白をし、この間に同月三〇日右爆弾事件についての逮捕状の、同年八月一日同勾留状の執行を受けた(この段階で前記目録(二)請求番号58ないし91の各供述調書が作成された)。以上の取調べの経過は、本件で取調べた証拠によつて、明らかである。

二、弁護人は、右目録(一)記載の各証拠における被告人の供述が捜査官の被告人に対する脅迫ないし利益誘導によりなされたものであることを理由に、任意性を欠く旨主張するけれども、被告人の当公判廷における供述によると、右弁護人主張の事実はなく、右の各調書は、被告人の捜査官に対する任意の自白供述を録取したものであることが明らかであるから、その証拠能力に欠けるところはないものというべきである。

三、被告人および弁護人は、右目録(二)記載の各証拠における被告人の供述が、前記斉藤昭七ら三名の捜査官の被告人に対する暴行、脅迫、利益誘導、偽計にあとづきなされたもので、任意性を欠くとともに、別件による身柄拘束を利用してなされた違法な取調べによるもので、証拠能力を欠く旨主張し、検察官は、これと正反対の事実上および法律上の主張をしているので、以下検討する。

1 右斉藤昭七ら三各の捜査官の被告人に対する前記派出所爆破事件およびその関連事件(以下単に「本件」という。)の取調状況について、当裁判所が取調べた捜査官である証人斉藤昭七、同中川紀明の各証言と被告人の供述との間には大小様々な相異があり、その真相の把握が困難であるが、なお、以下の各事実が存在したことは、否定しがたいところである。すなわち、

(一)  被告人は、前記捜査官斉藤らから、本件について容疑者としての取調を受けた当初、本件についての令状なしに、拘束されたまま本件の取調を受けることを不当として、その取調を拒否し、直ちに勾留の場所に戻すよう要求するとともに、尋問に対しては黙秘する旨告げたのに対し、同捜査官らは、そのまま前判示のように同月二七日および翌二八日の取調を継続したこと

(二)  同捜査官は、右取調べにおいて、被告人に対し、

イ、本件現場の爆弾の破片から指紋が顕出された。

ロ、本件発生当時被告人と同棲していた女性が参考人として一切の事情を捜査官に供述した。

ハ、本件について逮捕令状が出かかつている。

ニ、被告人の弟が被告人の逮捕後、大阪教育大天王寺分校や大阪市立大に出入りしている。

旨述べて、本件について真実を供述するより繰り返し求めたが右イないしニの点は、いずれも実在の事情とは認められないこと

(三)  同捜査官は、右取調べにおいて、被告人に対し、爆発物取締罰則九条の規定の解釈を示し、本件については、犯人の親族でも罪証湮滅の罪の成立を免れず、その罪が成立すれば逮捕できることを説明するとともに、被告人が本件について自供するならば、被告人の親族に累が及ぶ事態が避けられる旨言つて、黙秘を続けることをやめるよう説得したこと

(四) 被告人は、本件について本格的に自白を始めた同月二八日以降は右捜査官および検察官の本件の取調に対し、自白供述を渋滞させることがなく、前記目録(二)記載番号58以下の各供述調書の作成をみた。この間の右捜査官および検察官の取調は、相前後して進行し、検察官の取調自体には、被告人の供述の任意性に対し消極的に作用する事情は、皆無であつたが、右警察における捜査官の取調においては、捜査官は、被告人に対し、被告人が黙秘権を行使せず、自白を維持して反省の態度を示し続けることにより、起訴および公判審理の各段階で寛大処分を受け得るものである旨を、いわゆる内ゲバ殺人事件の被疑者が傷害致死事件として処理されて執行猶予になつた例を引くなどして繰り返し説明していたこと

2  しかして、被告人に対し本件の取調が開始された前記同月二六日から、本件について逮捕状が執行された同月三〇日までの被告人の身柄の拘束関係と被告人に対する前記捜査官の取調の実情とを併せ考えると、その取調の期間および毎回の取調時間がいずれも比較的短く、また、少くとも同月二七日までに、本来の事件である傷害の事実についての実質的な取調が行なわれていたとはいえ、当時、被告人が本件の被疑者として、その身柄拘束の根拠となつていない本件の取調のなされることを不当として、これを拒否し、勾留の場所に戻すよう求めたことは、正当な要求というべきであり、したがつて、捜査官が右要求を無視して前判示のように、そのまま、被告人に対し、本件の取調を続行したことは、違法であることを免れない。

3  ところで、前記捜査官が本件について黙秘の被告人に対し、供述を求めるにあたり告げた事項のうち前記1の(二)のイないしハの各事情が相互に関連して、被告人に対し本件についての有力な証拠がすでに捜査官のもとに蒐集ずみであるとの印象を抱かせ、その印象を強化する性格のものであるから、右は、同捜査官が被告人に与えるかかる効果を意図してなした偽計と断ぜざるをえない。もつとも、捜査官においては右イの場合に指紋が被告人のものである旨、右ロの場合に一切の事情の中に本件が含まれている旨、右ハの場合に逮捕令状発付に十分な資料がある旨をいずれも明言せず、これをすることにより端的な虚言になることを巧みに回避していたものであるけれども、なおこれらによつて言わんとする前記のことは明瞭であるから、かかる欺罔的手段の被告人の心理に及ぼした影響は、前判示の違法な身柄拘束の利用関係と相まち、優に強制に準ずる程度に達していたものと認められる。

4  のみならず、これらの事項とともに捜査官が被告人に告知した前記1の(二)の二の事情は、同1の(三)の説得内容と関連して、被告人をして、自己の弟に爆発物取締罰則九条の罪により逮捕される事態が切迫しているものと誤信させるとともに、これを避けるためには、本件について黙秘の態度を解き、自供する外ないと決意させて、自白に至らしめたものの、被告人にその翌朝このことにより自殺を企図するまでの精神的煩悶を経験させたものであることが認められるから、右偽計は、被告人が本件について黙秘することを止めれば捜査官において、被告人の親族に対する追及を控えることを内容とする前示の暗黙の約束ないし利益誘導と相まち、被告人に対し高度の心理的強制を与えて虚偽の自白を誘発するおそれが多分にあつたものということができる。

5  そうすると、被告人が同年七月三〇日以降本件によつて逮捕勾留される前の段階でなした本件についての自白は、いずれも任意性を欠く疑いがあるものというべきである。

6  のみならず、右の各自白後、これに引き続いてなされた被告人の右捜査官および検察官に対する各自白が、前1の(四)の事情下になされたものと認められる以上、前記前段階の取調の違法性の実質的影響を承継したものとして、その全てにつき、任意性を欠く疑いを免れないものである。

四、よつて、主文のとおり決定する。

(大政正一 井上清 池田勝之)

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